Cyclists Safety Association

二輪車について About TWO WHEELS

CSAが二輪車という表現を用いる理由

自転車(Bicycleとオートバイ(Motorcycle)の関係について

1810年代に考案された自転車は、足漕ぎからはじまり、それが、1885年前後に開発されたローバー社のセーフティ型へと進化し、近代自転車の原型が完成しました。
1920年代以降、様々な開発と改良が加えられ、1971年に現在販売されている自転車の基礎は固まったといえます。
20世紀頃、自転車の人気と販売が拡大されると自転車にエンジンを取り付けた乗り物が開発されてから100有余年が経過した、1993年にPAS/ヤマハが発売され電動アシスト自転車が誕生しました。
ある意味で電動アシスト自転車の登場は輪廻転生とも捉えることができます。
エンジン付き自転車が現在の電動アシスト自転車として蘇り、エコロジーと利便性の向上をアピールした事で、世界の市場は新たな方向へ進み始めました。
しかし、エンジンであれ、モーターであれ、原則的には同じ乗り物といえるので、電動アシスト自転車は限りなくモペッドに近い存在といえます。
本来、ペダル付きのオートバイで、エンジンや電気モーターなどの原動機だけで走行することも、ペダルをこいで人力だけで走行することも可能な車両の総称をモペッドMopedと呼びますが、日本の法規において原動機付自転車はペダルの有無にかかわらず125cc以下道路運送車両法あるいは50cc以下道路交通法のオートバイを指すので、現在国内で生産販売されている電動自転車には出力規制がなされ、アクセルのみで走行できる仕様は存在しません。
他方世界では、日本の基準に適合しない出力と、ハンドルにアクセルを装備した機種の電動自転車は多数存在し、発展の途にあるのも現実です。
こうした世界の現実に対し日本市場においては、様々な観点から電動自転車は電動アシストを保守しています。

1946年(昭和21年)、ホンダが小型エンジンを自転車に取り付けた原動機付自転車の製造・販売を開始し、1952年に原動機付自転車が届出のみで運転できるようになったことで、国民の交通手段としてオートバイの需要が増加しました。(1957年に完成品としてのモペッドが販売されるようになるまでは50cc以下のエンジンを自転車に後付けにしたものしか存在しませんでした。)
その後、高度経済成長と各社の開発競争により、ホンダ・スーパーカブ(1958年)などが登場し、1960年前後をピークに足こぎペダルが付いていることを特徴とする国産モペッドは衰退しました。
日本の法規においてモペッドは利点を活かせず普及しなかったと分析されている過去データから、電動アシスト自転車は現代階で自転車の位置を保っていますが、時代はハイブリッド化へ向かっているので、将来を見据えると様々な可能性を保持しているといえるでしょう。
誕生以来、自転車は自転車独自の進化を遂げ、エンジン付きはエンジン付き独自の進化を遂げ、それぞれにファンを獲得してきましたが、行政・警視庁は自転車に対する法令や基準を強化する方向にあることから、自転車、オートバイという区分はあるにしても、それぞれの歴史で乗り物やその利用法、利用環境の整備を捉えるのではなく、二輪車として捉え、歴史から利用環境について考える時代になったと思っています。
またF1選手権で活躍するフェルナンド・アロンソ選手は、自転車トレーニングに励み、チームを設立し、頂点を目指す活動も行っていることは有名です。
ジェイソン・バトン選手はトライアスロンの世界的大会に参加し、自転車にも造詣が深いそうです。
MOTO GPでも最高峰クラスタイトル獲得を史上最年少記録で果たしたマルク・マルケス選手も自転車でのトレーニングを欠かさないというほど、世界的には自転車と他の乗り物とは密接な関係にあるといえます。
日本でも、1992年からF1選手権に参戦していた片山 右京選手は、その後自転車の選手としても活躍し、国際自転車競技連合(UCI)登録のコンチネンタルチームTeamUKYOを設立、現在も監督として活動しています。
2002年からF1選手権で活躍し、現在でもインディカー・シリーズに参戦している佐藤 琢磨選手は、少年期にモータースポーツに対して強い憧れを抱きつつも、19歳までは自転車競技に身を投じ94年、インターハイ優勝。95年、インターカレッジ、2位。同年の国体、6位。96年、全日本学生選手権優勝など、自転車競技においても実績を残しています。
理由は定かではありませんが、我が国ではいつしか、違う乗り物、異なるジャンルとして認識される傾向や風潮が根付きましたが、電動アシスト自転車誕生~普及、社会情勢の変化により、自転車(Bicycle)とオートバイ(Motorcycle)、それぞれ辿った別の道は再び交差する時代に突入したといえます。二輪車利用環境の安全向上と安全確保を考慮した場合にも、産業の持続的発展という視点からも、両者が再び交差することはとても重要な事だと考えています。こうした理由からCSAは、二輪車という表現を用いるのです。

歴史的背景や規制等について

1946年(昭和21年)、ホンダが小型エンジンを自転車に取り付け原動機付自転車の製造・販売を開始、普及が進むことにより、原付は昭和27年に審査だけで取得できる運転許可制度が導入されました。1960(昭和35年)には、運転許可から免許制度に変更され、道路交通法・昭和三十五年六月二十五日法律第百五号も交付されました。

日本の法規において原動機付自転車とは、ペダルの有無にかかわらず125cc以下、(道路運送車両法)あるいは50cc以下のオートバイ(道路交通法)のため、警察庁では本来の意味のモペッドに対してペダル付きの原動機付自転車という呼称を用いています。
道路交通法上、1960年(昭和35年)に自転車は、「軽車両」となっています。違反をすると罰則が科せられる場合があるとされています。自転車はあくまでも軽車両であり、歩道と車道の区別がある道路では車道通行が原則であり、歩道の通行はあくまでも例外であるという考え方も明確になっています。従って、他の車両同様に道路標識・道路標示のあるところでは、その効力に従う義務(3ヶ月以下の懲役又は5万円以下の罰金 道路交通法第17条)がある事も明確になっています。

ここまでは、昭和35年に定められていた事で、新たに決められたものではありません。ですが、自転車利用者にこの事実はなかなか認知されず、長らくこうした事実は無視、軽視されてきたことが事故の多発・増加につながったことから、自転車利用環境の改善と第三者の安全確保を目的に、警視庁が力を入れ始めたのはこの数年です。
また、力を入れる点として、
自転車が通行できる路側帯は左側の路側帯に限る
歩道の無い道路を白の実践などで区切った路側帯でも、自転車は必ず道路の左側に設けられた路側帯を通行する義務がある
(3ヶ月以下の懲役又は5万円以下の罰金 道路交通法第17条の2を追加)
としました。

こうした決まりを設けるだけではなく、警視庁は行政と連携し、各地で自転車教室を開催しています。熟考されたプログラムでとても勉強になり、役立つ内容となっています。こうした自転車安全教室で開催されるプログラムで明確となるのは、運転免許所持者とそうでない人の認識誤差です。運転免許所持者の中でも二輪免許所持者は自転車教室において最も的確な自転車運行を行うことができています。
二輪車の利用環境改善を万全に近づけるために、原動機付自転車の学科試験に準じる内容を自転車利用者もきちんと把握、理解して日常の運行に活用するのは重要なことで、第三者の安全を確保することにもつながります。
こうした点からも二輪車の利用環境の安全確保という視点で、利用者各自が認識を改める必要があります。しかし、規制によって自転車の利用法があまり窮屈になってしまっても古来続く自転車の利便性や有効性が著しく削がれてしまう事態となります。これはすべての自転車利用者に好ましくありません。規制以前に個々が安全基準向上のための意識と努力を行い。モラルの全体的向上を推進することが、自転車を楽しく利用できる環境を継続できる方法だとCSAは考えます。